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での私の講演の概略を以下に紹介します。
■「旅をする蝶アサギマダラの7つの謎と奄美大島の自然・環境との関わり」講演要旨
栗田昌裕
アサギマダラが「春は北上、秋は南下する」蝶であろうと推測されたのは1980年代の前半である。以後、多くの人による標識調査が行われ、次第にその動向が明らかになって来た。昆虫や植物に興味があった演者は、1985年からマダラチョウ類の移動に関心を持ち、1990年には米国西海岸のオオカバマダラ越冬地を観察し、2003年から日本で積極的な調査を始めた。福島、群馬、長野、愛知、鹿児島、沖縄の各県の主要拠点に赴き、各地での特徴的な現象を観察し比較しながら、年間1万頭から2万頭に及ぶ標識を行い、自己再捕獲も追求し、個体数の推計を行い、移動現象を全国的な規模で数量的・包括的にとらえることをテーマとした。特に、奄美大島のアサギマダラについては時間的・空間的にまとまった知見が乏しかったことに着目し、数十回に亘って訪れて重点的に調べた。調査の進行につれて、アサギマダラが自然環境や人為環境の影響を鋭敏に受け止め、各地の特殊な状況に適応しながら、極めて柔軟な戦略を採用して移動する様子が見えて来た。アサギマダラは人の営みに非常に深く関わり、時にはそれを利用しながら生き延びて来たようにも見える。調査で得た体験を七つの側面から振り返り、謎の解明状況と、奄美大島の自然・環境との特殊な関わりを紹介したい。アサギマダラをよく知ることが、奄美大島をより深く理解する契機となれば幸いである。また、奄美大島の未来を担う方々が、優雅で魅力的で小さな生き物であるアサギマダラを子細に観察し、その強靱な生命活動に直に接する機会を得て、不思議・意外・発見・感動体験を積み重ねながら、関連する動植物の知識も増し、気候変動を含む自然環境を大きく捉える視点を養い、自然に対する人為の営みの影響をより具体的に捉える問題意識や知的能力を獲得されることを期待したい。
以下、七つの側面を提示する。
【1.発生と食草の謎】2004年には1月~12月のすべての月に奄美大島を訪れてアサギマダラを探した。その結果12ヶ月のすべてにアサギマダラの成虫と出会え、分布の空間的変動と個体数の時間的変動の概略を知ることができた。交尾や産卵を示唆する情報、ヘアペンシルの観察例も記録している。春の複数回発生、秋の後半の発生、越冬幼虫の分布や成長、越冬成虫の寿命や移動については今後も調査の必要がある。演者が確認した奄美大島での食草はガガイモ科のキジョラン、ツルモウリンカ、サクラランであるが、各地域での利用率には謎が多い。天敵に関しても調べる価値がある。
【2.吸蜜植物の謎】アサギマダラは地域毎・季節毎に巧みに好みの植物を選んで移動する性質がある。また雄には特にピロリジジンアルカロイドを多く含む植物に集まる性質がある。奄美大島の場合、春の雄はモンパノキ、シロノセンダングサ、スイゼンジナ、ムラサキカッコウアザミなどによく集まり、初夏には雄雌ともにイジュに集まり、秋にはヤマヒヨドリバナ、シロノセンダングサ、ツワブキなどに集まる。特にムラサキカッコウアザミやイジュに集まることは奄美特有の出来事である。イジュに集まる集団は集団移動を示唆する場合もある。モンパノキに集団で集まる現象は喜界島でも見られる。雌はサザンカで観察されたりするが、雌の挙動には謎が多い。
【3.行動の謎】アサギマダラは、季節、温度、日照、場所によって飛翔速度や飛翔パターンを変え、行動の時間帯を変え、吸蜜や休息の場所も変える。「タオルキャッチ」によく反応する時もあるが無反応な時もある。そのような切り替えがどのようなメカニズムで行われているのかは興味深い謎である。島内での再捕獲を通して、島内移動も断片的には分かったが、十分なデータはまだない。一般的には、島内では離合集散を繰り返しながら絶えず移動していると推測している。
【4.南下の謎】奄美大島には10月下旬から12月上旬にかけて、数多くのアサギマダラが南下飛来する。演者は奄美大島での1万頭以上の標識を通して、自己再捕獲を含めて数多くの再捕獲を体験し、九州以北からの移動個体の再捕獲率が約1%であることを確認した。これから他の地域での再捕獲率と併せて全国的な個体数の推測が可能となる。南下のタイミングには気象条件が深く関わり、移動日数や出発地の時期的推移などに関して興味深い事実がある。奄美に南下飛来して標識された個体がより南方で再捕獲されたことはなく、多くは奄美で生を終えると推測しているが、最終的な運命の詳細は謎である。
【5.北上の謎】奄美大島では3月から6月にかけて新鮮なアサギマダラを数多く見る。これらの個体数には波があり、波状的に北上すると推測される。しかし、演者が標識して兵庫県で再捕獲された一例以外は北上の時期や経路の詳細は知られておらず謎が多い。
そもそも南下や北上に際して、何を契機に移動を開始し、どのようにして経路を決めるかは当初からの謎であり続けているが、移動経路に関しては、裏磐梯からの大量標識個体の再捕獲事例の分析を通して、「集団的コミュニケーションを仮定した確率過程のモデルでみかけの行動パターンを説明する」アイデアを演者は温めている。
【6.喜界島との関係の謎】喜界島は奄美大島の東方わずか25kmの距離にありながら両者間の移動例はほとんどなく、年間のアサギマダラの挙動にも大きな違いがあり、寿命にも違いがあり、植物の成長や開花にも若干のずれがある。南下の際には喜界島との興味深い同期現象も見られる。植相や地形や気象条件の違いを考慮しながら、両者の関係を包括的に理解することは残された奥深い課題である。
【7.年次変動の謎】アサギマダラの個体数にはかなりの年次変動が見られる。それにはアサギマダラ自体に内在する要因以外、草刈りや山林開発や道路工事などの人為的要因、台風被害や気温変動を含む気象要因、植物相の変化などの自然要因が非常に大きく影響する。実際には、奄美大島の一部の地域では、アサギマダラの個体数が激減している。その影響の詳細を知ることは、他の生物に対する人為や気象の影響を推測し理解する上でも役立つであろう。そこで得られる知見が奄美大島の自然により大きな価値を見出し、自然を保護しながら自然とよりよく共生するヒントを見出すことにつながれば幸いである」(以上)。
■シンポジウムの企画者の一人である前園さんからは以下の記載を含むメールをいただきました。
「シンポでは250名ほどの来場者があり、島としては異例の盛況でした
(通常のシンポなどでは、よくて50人です)。
子供からも大人からも興味関心をかなり深められたという意見も数多く
聞かれました。栗田先生と矢原先生の話を同時に聞けるということで、
贅沢だったという声も聞かれました」。
■上記のシンポジウムに関連するブログ記事を紹介しておきます。
(1)「あまみ便りblog」の記事。これは開催前の紹介です:
●7/5:シンポジウム「旅するチョウ、アサギマダラから見た奄美」
http://blog.amami2.com/?eid=564111
(2)「あまみ便りblog」の記事。これは参加後の感想です:
●「シンポジウム「旅するチョウ、アサギマダラから見た ...」
http://blog.amami2.com/?eid=567532
(3)「Y日記 空飛ぶ教授のエコロジー日記」の記事。
これは同じ講演会で講義された矢原徹一先生のコメントです。
●[徒然]奄美アサギマダラシンポで講演
http://d.hatena.ne.jp/yahara/20070707/1183735167
(4)「NPO法人ディ! あまみエフエム ディ!ウェイヴ」の奄美イベント案内です。
●件名 アサギマダラから見た奄美
http://www.npo-d.org/pc/modules/cicoCal/index.php?action=View&event_id=0000002383

[070705]鹿児島県奄美市龍郷町りゅうゆう館。奄美大島。
■タテハチョウ科マダラチョウ亜科(以前はマダラチョウ科とすることもあった)アサギマダラ属アサギマダラ。学名Parantica sita 。英名Chestnut Tiger。
■本ブログの総合的な画像目次や、ブログ内容を地域毎・テーマ毎にまとめた画像目次を下記のHPから見ることができます。
●SRS研究所の公式HP
<参考HP>
●3Dアサギマダラの世界(SRS)
●SRSアサギマダラ生態図鑑
●2006年アサギマダラ移動調査記録(SRS)
●2007年アサギマダラ移動調査記録(SRS)
●奄美大島の自然旅行体験(SRS研究所)
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