過去6年に亘って「旅をする蝶」アサギマダラのマーキング調査を続けて来ました。
その過程で、アサギマダラは、夏の期間に、涼しい高原で、
ただ、暑さを避けるために時間を過ごしているのではなく、
成熟するための重要な期間を過ごしていると思うになりました。
以下、筆者が思う「6つの成熟の兆候」(数え方によっては8つ)
を並べてみます。
アサギマダラ集団は、これらの兆候がある程度揃ったところで
南下の旅を始めるのです。
1■<チェイス:追尾飛翔>
グランデコのアサギマダラを見ていると、
8月の下旬のある段階から、アサギマダラ同士で、
追い掛け合う場面が見られるようになります。
これは雄同士とは限りません。
雄と雌の場合も見られます。
この出来事は、ある程度成熟したときに見られる重要な性質と思われます。
2■<タオルキャッチの有効化>
白いタオルを回すと、アサギマダラがそれをめがけて
飛来する場面は、旅の途上ではよく見られます。
これを上手に用いることで、マーキングのための捕獲を
効率よく上げることも、場合によっては可能です。
しかし、グランデコリゾートのゲレンデでは、
8月の上旬や中旬にタオルを回しても、
アサギマダラは振り返ってくれないのが通例です。
ところが旅立ちの時期が近くなると、回るタオルに俄然興味を持つ個体が増えます。
すなわち、タオルキャッチが捕獲に有効かどうかは、
アサギマダラの集団の成熟の目印であり、
旅立ちが近いかどうかのものさしになるのです。
「チェイスの増加」と「タオルキャッチの有効化」は
背後に共通のメカニズムがあると思われます。
3■<ストーカーの増加>
アサギマダラに関して「ストーカー」という言葉を用いるのは、
筆者が初めてのことと思われます。
「ストーカー」とは、標識中に突然、
アサギマダラがどこかからか自主的に飛来して、
ネットの回りを飛び回ったり、標識者の回りを飛び回ったりします。
そして、結局は、ネットに止まったり、標識者の手指などに止まって、
「口吻を用いて舐め始める」のが通例です。
場合によっては、ネットの竿に止まったり、
カメラに止まったりすることもあります。
止まったものは大抵は、その作業に没頭しますので、
手づかみで捕獲できるものです。
グランデコでは例年、数多くのストーカーを体験します。
複数の個体が同時にストーカーとして飛来することも
例年は珍しくなく、3頭が私の手に止まったこともあります。
かなりしつこく懲りないストーカーもあり
(これがそもそも私がストーカーと呼ぶ理由ですが)、
標識して後、放しても、また同じ個体がやって来ることがあります。
過去には私の手の甲に止まったまま、
ゲレンデを歩き回って1時間以上もマーキング活動に同行した個体すらあります。
ただし、2009年は、例年に比較し、ストーカーの例数が少ないです。
ストーカー行為の際には、「ホバリング飛翔」を見るのも
その特徴の一つです。
4■<路面飛翔>
グランデコでは8月下旬になると、一定の気候条件の下で、
地面を低く物色するように飛翔するアサギマダラを見る時があります。
そのようなときには、
次から次へと多くのアサギマダラが同様の行為をしながら、
路面を飛翔します。
同様の行為を、グランデコ以外で見るときは、
まさしく「集団で移動」しているのに違いありませんが、
グランデコでは旅立ちが始まる前の特定の日にそれが起きるのです。
しかし、2009年の夏には、これが観察できませんでした。
その理由は、そもそも路面飛翔にふさわしい天候がなかったから、
と筆者は理解しています。
5■<吸蜜植物の選択肢の増加>
グランデコでは通常の天候では、
ほとんどのアサギマダラがヨツバヒヨドリだけで吸蜜しています。
例外は、雨の降っている最中や雨が降ってヨツバヒヨドリが
びしょ濡れになっているときです。このときは個体数は少ないのですが、
コシアブラやシナノキのような樹木の花で吸蜜します。
しかし、旅立ちが近くなると、アザミで吸蜜する個体が次第に増え、
同時に、コウゾリナやゴマナで吸蜜する個体も見るようになります。
これは好みの幅が広がったことを意味していますが、
ヨツバヒヨドリがない場所に移動する際には、
必要な性質が徐々に出て来たと考えられます。
なお、選択肢の増加も、ストーカー行為も、
「好奇心の増大」という観点からまとめてとらえることもできます。
これは成熟徴候の7項目目として別に設定してもよいかとも思います。
6■<緩慢滑空旋回飛翔>
旅立ちが近くなると必ず見るのはカラマツやブナの梢上で、
10頭から20頭位のアサギマダラが、ゆったりと旋回する場面です。
短くはばたいてはゆったりと滑空しながらトビのように舞う様子は、
他のどこでも見せないアサギマダラの姿であり、
旅立ちがかなり近づいていることを意味します。
このときには、2頭ずつがゆったりとチェイスをする場面も見られます。
しかし、愛知県の三ヶ根山で見るような速いチェイスではありません。
なわばりを確保する、などという連想が働かないような、
ゆったりとした舞です。
2009年にはこれが8月29日に見られました。
したがって、9月1日頃から、旅立ちが始まると考えましたが、
台風11号がちょうどこの時期に関東から東北に影響を与えて、
旅立つ様子を見る機会が消えてしまいました。
おそらく、9月2日以後に、どんどん渡っていくことでしょう。
■筆者の体験と観察によれば、アサギマダラには
20通りを超える「飛び方」のレパートリーがあります。
タオルキャッチの際に見られる「V字滑空」は
非常にユニークで面白いものです。
6番目に上げた緩慢滑空旋回飛翔も旅立ちを
判断するのに有用な飛び方です。
ストーカーに見るホバリングも興味深い飛び方です。
筆者の推測するのには、アサギマダラは夏にデコ平で
過ごしている間に、少しずつ飛翔のレパートリーを
増やしているのではないかと思うのです。
したがって、成熟徴候の八番目として、
「飛翔のレパートリーの増加」を加えることができます。
すなわち、「六つの成熟徴候」は、
「好奇心の増大」と「飛翔のレパートリーの増大」を加えると、
「八つの成熟徴候」とも見なせるのです。
もちろん、これらの背後のメカニズムは独立しておらず、
微妙に重なり、相互に関わり合っているものです。
■以上を整理すると、2009年には、8月末の段階で、
成熟兆候のうちの路面飛翔以外の条件が整っています。
■以上の成熟の兆候には、「交尾率の増大」や「ヘアペンシル例の増加」は
含まれません。
■そもそも、グランデコでは交尾した雌は原則として見ません。
1万頭標識した場合、その中には雌が数百頭はいますが、
交尾済みの徴候を持つ雌個体はせいぜい5例前後が普通で、
しかもその過半数は、夏の直前に羽化した個体ではなく、
もう一世代前の「親世代」の生き残りと思われるものです。
すなわち、交尾をしてから旅をするのではなく、
「旅の途中で交尾をする」のがアサギマダラの旅の基本です。
したがって、交尾の有無はグランデコでの成熟の目印ではないのです。
■「ヘアペンシルを出した個体」も、雄の成熟を示すものではありません。
筆者はヘアペンシルを出した雄個体の大半は、
健全な状態ではなく、「ヘアペンシルをしまうことができない病的な状態」
と考えています。したがって、ヘアペンシルを見る、見ないは、
成熟の兆候となり得ないと思っています。
■なお、実際のゲレンデからの「旅立ち」の際には、
独特の飛び方でそれと分かります。それについては、過去のブログ記事で
書きましたので、省略します。
■以上、グランデコ・アサギマダラ観察会・オフィシャルアドバイザー 栗田昌裕
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■筆者(栗田)が関わったアサギマダラの移動個体のリストおよび、
それらを日付順に追った時系列的な表は
筆者のHPの「2009年の移動調査記録」
の頁に表示してあります:
●2009年アサギマダラ移動調査記録(SRS)
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■タテハチョウ科マダラチョウ亜科(以前はマダラチョウ科とすることもあった)アサギマダラ属アサギマダラ。学名Parantica sita 。英名Chestnut Tiger。
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■本ブログの総合的な画像目次や、ブログ内容を地域毎・テーマ毎にまとめた画像目次を下記のHPから見ることができます。
●SRS研究所の公式HP[SRS速読法・SRS能力開発法指導]
<参考HP>
●2009年アサギマダラ移動調査記録(SRS)
●グランデコ・デコ平・裏磐梯でのアサギマダラ・自然旅行体験(SRS研究所)
●3Dアサギマダラの世界(SRS)
●SRSアサギマダラ生態図鑑
●3Dアサギマダラの世界(SRS)
●SRSアサギマダラ生態図鑑
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